近年、大きな注目を集めている「ワーケーション」。
地域から新たな誘客手段として期待が寄せられる一方で、「興味はあるけれど、社内制度も含めてどこから取り組めばいいかわからない」「バケーションのイメージが先行してしまい、遊びに行くと思われてしまう」など、 “とっつきにくさ” を感じる方もいるのでないでしょうか。また、北海道は広大だからこそ「どういった過ごし方ができるか想像しにくい」と思っている方もいるでしょう。
そんな方に向け、北海道でワーケーションを実施した企業の声を届ける特集記事「北海道型ワーケーション体験記」。第2弾として、今年10~11月に富良野(ふらの)市でワーケーションの実証実験を実施された株式会社リコー様、現地で受入コーディネートを担当したNPO法人富良野自然塾様に富良野市でのワーケーションを決断した経緯や地域の魅力などについて伺いました。
目次
● ニューノーマルにおける社員間のコミュニケーション深化
● 昨年度実施のモデル事業成果を踏まえて企画をパワーアップ
● 地域住民との交流を通じた、環境問題や地域課題への理解促進
● 企業研修型ワーケーションの展開可能性
ニューノーマルにおける社員間のコミュニケーション深化
——リコーグループでは、2020年10月からニューノーマルへの対応として、リモートワークの対象者や利用日数に関する制約を撤廃するなど、働き方変革を積極的に推進し、ワークライフ・マネジメントの充実を図っています。どうしてワーケーションという着想に至ったのでしょうか。
リコー・鶴井氏(以下「鶴井氏」) : 私は人事部門に所属し、全社の働き方変革を推進しています。「リモートワーク=在宅勤務」とする企業がある一方、私たちはセキュリティが担保されていれば働く場所を選ばない、リモートワークを標準とする働き方を開始しました(参考記事:「リコー、対面・非対面を組み合わせたハイブリッドな働き方を促進」)。職種や業務に合わせて、社員が働く場所を自ら選べるようになり、結果的に、旅行先や帰省先で一時的な業務を行うワーケーション(※対象地域は国内のみ)も可能となりました。但し、弊社はメーカーですので、生産や設計開発に携わっている社員も多く、誰でもワーケーションができる訳ではありませんが、関心を持っている社員が多いのは事実です。
——導入自体を “目的” とせず、社員の自律的な働き方を後押しする制度づくりの “結果” ということですね。
昨年度実施のモデル事業成果を踏まえて企画をパワーアップ
——昨年度は観光庁「新たな旅のスタイル促進事業」のモデル事業を活用し、社員12名が3泊4日のプログラムに参加されました。宿泊地でのリモートワーク、自然の中でのアクティビティや地域住民とのワークショップを通じ、環境問題や地域課題への理解を深めたと聞いています。
鶴井氏 : 昨年度はコロナ感染リスクを考慮し、食事の場所を指定するなど、行動制限を多くした中での実証でしたが、私たちが期待していたチームビルディング構築は達成できたと考えています。参加者からはリモートワークの時間が不十分、富良野に滞在しているのに自分で富良野市内を移動できる時間が少ないなど、不満の声がありました。そこで、今年度は食事先をチームで選べるようにしたり、リモートワークの時間は自己判断でフレックスタイム制の中抜けを活用して地域を散策できるようにするなど、自由度を高めたプログラムとしました。
——昨年度に続き、入社2年目の社員(2021年4月入社)を対象としています。あえて2年目とした理由はどこにあるのでしょうか。
鶴井氏 : 大きく2つの理由があります。1つは、入社式翌日からの導入研修がオンラインでの実施となり、同期で対面で集まる機会がほとんどなかった世代であることです。これは、経営層も大きな課題と認識しています。もう1つは、プログラム参加を通じて社外の方と交流するにあたり、ある程度、自分の言葉で会社のことや自分の業務内容を説明できる必要があったためです。そのため、新入社員より2年目社員が適切という判断になりました。
——中島さんは企画を担当していますが、受入コーディネートにあたり意識した点などはあるでしょうか。
富良野自然塾・中島氏(以下「中島氏」) : 私たち「富良野自然塾(※)」が運営する環境教育コンテンツを行程に組み込み、多くの方に体験いただくことで次世代を担う人材育成に貢献したいと考え、ここ数年はワーケーション受入にも取り組んできました。リコーさんの山下社長も実際に参加いただき、私たちの取組理念に共感いただいたと伺っていますので、コンセプトやメッセージはブレないように意識しています。また、昨年度は観光庁から費用補助を受けていましたが、今年度は独自事業ですので、実施目的の聞き取りやコンテンツ提案など、リコーさんとのやり取りをとにかく丁寧に行いました。昨年度の行程をベースとして、よりスリム化した良いプログラムになったと感じています。
※作家・倉本聰が主宰する富良野自然塾は、閉鎖されたゴルフ場跡地を元の森に還す「森づくり事業」と、そのフィールドを活用した「環境教育事業」を行っています。2006年の設立以来、植樹本数は8万本近くなり、五感を使った地球環境について考えることを目的としたプログラムの参加者数は5万人を超えています。これからも、自然と寄り添って暮らす当たり前の生き方について、気付きときっかけを与えるプログラムを提供します。
鶴井氏 : 最近では全国の自治体の多くが研修型ワーケーションに力を入れ、素晴らしいコンテンツが増えています。各教育コンテンツを細部まで比較することは簡単ではないので、送り手である企業にとっては、現地で安心して受入コーディネートを任せられる方の存在は重要ですね。
▲富良野自然塾では、知識ではなく体験を通して自然や環境、SDGsの考え方を学ぶ環境教育プログラムを提供(ホームページ)
地域住民との交流を通じた、環境問題や地域課題への理解促進
——社内公募を経て、最終的に社員有志12名が3泊4日のプログラム(第1回:2022年10月24~27日6名、第2回:2022年11月14~17日6名)に参加されました。安井さんと松野さんは実際にプログラムに参加されましたが、その効果をどのように感じていますか。
リコー・安井氏(以下「安井氏」) : 首都圏に住んでいると、地球温暖化など自然環境に関する情報はメディアを通じて入手することがほとんどで、記事に書いてある以外に得られる情報は少ないです。今回、自然環境の中で環境教育プログラムに参加し、五感を使い自然を体感しながら環境問題に対して主体的に取り組んだことで、今までもこれからも “ものづくり” をしながら自然と共存し、社会を担っていく企業の責任を感じ、自分事として考えるきっかけになりました。
リコー・松野氏 : 安井さんが言うとおり、首都圏にいるとニュースや街中の広告掲示など、情報は多く集まってきます。しかし、誰かが加工して整理した2次情報であり、それらに触れただけで知っていると思い込んでいることも多くありました。富良野市に訪問して現地の方との交流や自然学習など五感を使って体感することで、 “知るだけ” と “実際に体験する” 状態は全く違うと感じました。仕事をする上での学びになっただけでなく、情報過多の時代にどう生きていくかなど、人生を考える機会になりました。
▲参加した社員は富良野自然塾が提供する環境教育プログラム、植樹体験に参加
——その他、プログラム以外に現地に行ったからこその気づきなどあれば、ぜひ教えてください。
安井氏 : 北海道は小さい頃に1度訪れ、富良野市は初訪問でした。ちょうどタマネギの収穫時期で、収穫車に挟まれ道を車で走っていると、前を走る収穫車から玉ねぎの皮が花びらの舞うように散ってきて、日常では味わえない瞬間に出くわすことができました。富良野市は夏のラベンダーが有名で知っておりましたが、四季折々の景色、今の季節では特に針葉樹と広葉樹が織りなす紅葉も印象的でした。冬の雪が降る富良野にも訪れてみたいです。
リコー・松野氏 : プログラム初日にカフェに行った際、カフェのオーナーとの会話が自然に生まれました。東京では注文した商品をもらって終了ですが、訪問理由や観光情報など自然と会話が弾みました。東京から来たよくわからない若い人だと思われていないか不安を感じていましたが、富良野市に関わりがある一員として安心感を持って受け入れてくれる街の雰囲気があると感じました。富良野市はもう “北海道の一都市” でなく、 “また訪問したいあの街” と感じています。
▲人口減少問題や地域活性化に向けた課題解決に取り組む地元事業者らと意見交換
企業研修型ワーケーションの展開可能性
——地域にとって観光客受入とワーケーション受入はどのように共存していくとよいとお考えでしょうか。
富良野市・松野氏 : 新型コロナウイルスが落ち着いてくれば、観光ハイシーズンは市内宿泊施設で満室状態が続き、受入キャパシティが足りないことが想定されます。観光の閑散期にいかに観光客とは異なるターゲットの誘客を図ることで、市内経済が循環し活性化するかが重要と考えています。そこで、企業の方などの研修やワーケーション受入はオフシーズンに限定するなどの振り切った取組は十分検討の余地があると思っています。富良野市では昨年度から助成制度を設置し、4連泊以上すると宿泊費用の一部を市が助成しています(参考:「ワーケーション実証費用助成金」)。大手企業の従業員やフリーランスなど幅広い方に活用いただき、今年度の利用実績は50件以上です。その一方、個人支出で訪問するワーケターは、来年、別の地域に訪問する不安定さがあるのは事実です。継続した関係を構築するためにSNSグループも立ち上げていますが、難しい面もありますね。
——人材育成を目的に企業に訪問していただくには、富良野市でないと学べないという動機付けが不可欠です。
中島氏 : 私たちはワーケーションを受け入れる観光施設でなく、次世代の人材育成を目的に活動する教育機関です。若手社員の方には、社会を担う一員として視野を広く持っていただきたいですね。今回はリコーさんとコンテンツを作り上げましたが、東京にいると気が付かない大切なメッセージ「地球は子孫から借りているもの」をより多くの方に届けたいと考えています。今後はリコーさんとの実証実験の成果をもとに横展開を図り、富良野市の関係人口創出につなげ、地域振興への貢献を目指します。
富良野市・松野氏 : 富良野自然塾やふらの演劇工房などのNPOでは、富良野市の尖った学びのコンテンツ・プログラムを用意し、社会人や学生の受入実績もあります。これらの情報をどのように発信し、目を向けていただくか重要です。首都圏企業に訪問営業を行った際、観光地としての「富良野」以外の情報がほとんど届いていないことを痛感する一方、まだまだ知られていない魅力ある地域資源を発信できるなど、富良野市の発展に向けてさらなる可能性、伸びしろも十分あると思いました。今回の記事を読んで富良野市での「人材育成」を目的にした研修やワーケーションに興味を持っていただいたら、まずはお気軽にお問い合わせください。
北海道型ワーケーション インタビュー連載
#1 公開中 | 「北海道庁ワーケーション事業担当者が語る 市町村と “共に創る” ワーケーションとは」(北海道庁)
#2 公開中 | 「長沼町が『ワーケーション×チームビルディング創生事業』に取り組む本当の狙い」(長沼町)
#3 公開中 | 「ITベンチャー企業が北海道でのワーケーションを決断した理由とは」(ワーケーション体験記)
#4 公開中 | 「函館市企業立地担当が見据える “ワーケーションの先” とは」(函館市)
#5 公開中 | 「馬産地・浦河町で実現できる “親子ワーケーション” のカタチ」(浦河町)
#6 本記事 | 「リコーが富良野市に2年連続で若手社員を派遣する目的とは」(ワーケーション体験記)